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毎年2~3回、中国を訪問し、現地交流や植林活動を行っています。その滞在レポートを写真を中心につづっています。

体験記『オルドスの風I』
代表・坂本が青年海外協力隊としてオルドスに滞在した3年間を赤裸々に綴った体験記。バンベンの緑化事業をはじめるにあたっての原体験です。(全40回)

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代表・坂本の日本語教師時代の教え子・ノリブスレンが2004年9月に日本にやってきました。日本でどんな経験を積んだのか、日記風に語ってもらいました。

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2005,11,27, Sunday
11月25日~27日:中国共産党中央党校訪日団、九州訪問のお手伝いをしました。


博多青松高校での交流会の様子 


ホームステイ先で


福岡ドームを背景に記念撮影

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2005,11,19, Saturday
今回はノリブの発表した論文をそのまま掲載します。長いですが時間のあるときに読んでください。

テーマ:体育授業における「自己教育力」に関する研究

~中国での新しい体育授業の創造をめざして~

                     発表者 ノリブセリン

指導教官 野崎武司



プロット(案)





序章   研究の動機・目的・方法

第一節 研究の動機・目的

第二節 研究の方法





第一章 理論的背景 

 第一節 中国の学校体育の現状と現代日本の教育の動向

第一項 中国の学校体育について

第二項 日本における新しい学力観について

第三項 子供中心主義の教育を問い直す



第二節「自己教育力」についての理論的背景

 第一項 「生きる力」とは

第二項 「自己教育力」とは

第三項 「生きる力」と「自己教育力」



第二章 現代日本の体育授業づくりの基本的な考え方

第一節 体育は何を学ぶ教科か

第二節 よい体育授業の条件

第三節 教材作りの過程とその基本的視点





第三章 「自己教育力」を柱とする体育授業実践の試み

 

第一節 「自己教育力」を配慮した授業づくり、教材づくり

第二節 「自己教育力」を柱とする授業実践の概要

第三節 授業実践の省察



結章  結論  

  第一節  研究の要約

第二節  今後の課題







序章

第一節 研究の動機・目的

  私は日本に来る前に内モンゴルのオルドス市というところで6年間体育の教師をし、子どもたちと関わって来た。私の体育の授業のやり方は、大きく3つの特徴があった。一つは、教科書にある知識、技能を教えるために、教師が一方的に教え込み、子どもたちが受身の立場で、それらを技能を身につけるべきだと考えて来たことである。たとえば私の体育授業は以下ように整理できる。

①教師は模範運動をしながら、説明する

②生徒たちが先生の模範運動を模倣しながら、動く。

③試し練習。

④ドリル練習。

⑤もう一度重点を説明する(主に多くの生徒が間違っている動作を直す)

⑥ドリル練習。

⑦個別指導(あまりできてない生徒に向けて指導する)。

球技、体操、陸上など大体こんな流れで、続けてきた。

二つ目は授業では運動量の保護、練習密度を大切してきたことである。どんな領域の授業もこの二つを大切にした。いつも生徒たちを準備の運動でも800メートルぐらい走らせた。授業の中はもちろん、子どもたちを積極的に動かせ、クラスの子どもたちが何を考え、何を欲しているか考えもしないで一方的に指導してきた。とくに陸上の授業になると生徒たちの体力づくりを大切にし、グランドで走らせるのが主な手段になった。でも生徒たちの体力の違いによって、最後まで走れない、そんな子どもたちにも厳しくしてきた。こんな授業のやり方が続くにつれて、生徒たちのレベルが両極化した、運動の得意なこどもはどんどんやる。下手な子は体育の授業に苦み、いつも遅刻し、病気になったとうそをつくなどの場合もあった。運動の得意な子も先生の指導がなくなったら、何もできなかった。つまり、先生は一から十まで教えねばならず、子どもたちは自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考える力が非常に乏しく感じられた。

三つ目は授業での評価が運動量と練習密度を中心とするものになっていた。以上、中国の体育の状況をまとめた。そうした体育授業を行った私にとって日本の体育授業はとても新鮮に見えた。

去年の9月に来てから体育科関係の本、論文を読むチャンスがあり、特に今年大学院に入ってから、現場の授業観察をする機会が多くなった。私はこれらの新しい授業のあり方について深く興味を持ち、以前のやっていた授業と明確な比較になった。

特に今年の夏休みに集中で五日間野崎先生の「コロコロボール」の授業を受け、日本の子どもたちと深く関わり、子どもの生き生きした姿、積極的に考え、自ら学ぶ姿に驚いた。日本の体育について本を読み、また多くの授業観察をしてきたが、「コロコロボール」で指導者の一人として子どもたちと関わることで、日本の体育というものを深く経験することができた。

「コロコロボール」の授業を受ける子どもたちは小学校の3年から6年で、年齢がばらばらだった。もちろん体育の経験も違う。私はその時、「最後まで大変だな」と思っていた。初日は 先生が用意した、「新聞ボール」を使って「投げるゲーム」からスタートした。子どもたちがどうしたら相手より多く投げられるかといろいろ考え、生き生きとした場面が現れ、ばらばらの年齢の子どもたちにもまとまりができた。例えば、相手の隅に投げるとか、相手の届かない場所になげるとか、まとめて投げるなどの作戦が考えだされた。次の日からの授業では、戦術学習が始まり、2対3という練習形を使い、攻守がそれぞれに自分の作戦を考え、練習をしていった。わたしの以前の授業に比べると子どもたちが主人公になり、自ら問題を見つけ、自ら考え、自ら学ぶということが多かった。2,3日の積極的な練習を通して、難しい球技の作戦を子供たちが活用するようになった、最後には本番の「コロコロボール」の対戦になり、子供たちが夢中になり、練習の中で身につけたいろいろな技を生かしながら、ゲームを楽しんだ。五日間でかなり難しい球技の技術、作戦を身につけた。野崎先生の授業は技術の高い球技を易しくし、子どもの技能レベルに合わせていた。また、個々の個性を生かし、人間関係大切にし、子どもの「やる気」を引き出していた。

日本で観察した授業の中で、どの授業も子どもたちの「自ら考え」、「自ら学ぶ力」が強く感じられた。これは私の以前にやっていた授業と明確な比較になり、「自己教育力」を育てる授業にとても関心を持った。以上から本研究の目的はこれまでの中国の体育教育を振り返り、そこに「自己教育力」を柱とした新しい体育の理論と実践を導入する可能性を探ることにある。



第二節 研究方法

1、 中国の現代的な体育のあり方をまとめながら、授業のやり方、授業評価などの問題点を探る。

2、 日本の現代的な教育動向を探る。(新しい学力観、生きる力、自己教育などのまとめ)

3、 体育科教育の現代的な考え方を探る(教材づくり、授業づくり)

4、 「自己教育力」を配慮した授業作り・教材づくりに取り組む。

5、 内モンゴルで実践授業を行い、それを省察し、さらに今後の課題を整理する。



第一章 理論的背景 

第一節 中国の学校体育の現状と現代日本の現代的教育動向

第一項 中国の学校体育の現状

一、新中国が成立してから学校体育発展の概況

1949年10月、中華人民共和国の成立は中国の歴史の新しい一ページを開き、学校体育も新しい発展段階に入った。建国した後、学校体育が大きな成績を得た。しかし曲折の発展もあった。大体以下の4段階に分けて説明したい。

1創始の段階(1949年-1957年)

1952年中華人民共和国の教育部が体育科を設立し、教育部と国家体育運動委員会は共同に、「学校体育教育の臨時規定」を公布した。1953年教育部はソ連の10年制の体育教育指導要領を通訳し、全国の体育教師に学習させた。1956年に、この基礎の上で中国の第一部「小中学校の体育教育指導要領」を編集し、出版した。そして1957年に小中学校の体育教育の参考教科書を出版し、それによって体育教育が全国的に統一された。 1952年に中国の歴史上の始めての体育学院--華東体育学院が成立した。 (1956年に上海体育学院になった)そのあと次々に 6つの体育学院が成立し、11の体育学院と中等スポーツ専門学校を創設し、38の師範大学で体育学部を設置した。

2 曲折の発展段階 (1958年-1965年)

1958年「大躍進運動」の影響受け、教育の戦線も「左」の思想の妨害を受けて、学校の正常な教育の秩序が混乱し、学校体育の代わりに「労働」という科目が入って来た。1960年に中国が3年の間経済困難時期に入り、学校の体育教育が一時停止された。それで学生たちの体力が著しく低下した。1961年に人民出版社が「小中学校の体育教科書」を編集し、出版した。

3 深刻に破壊された段階(1966年-1976 年)

文化大革命は教育に巨大な影響を与えて、学校のスポーツも極めて大きいな破壊に遭った。体育科は「左の思想」の影響で、建国以来17年間の学校体育の業績が否定され、管理が乱れ、軍事訓練が体育教育に替わった。

4 改革開放、新しい発展段階(1977年から今ま)

1976年10月、長期の「文化大革命」動乱が10年間続いて終わった。中国共産党が第11届3中全会を開いた。それは、深遠で、歴史的な意味を持つ会議だった。1977年教育部は体育司を設立し、国家体育運動委員会は学校体育を回復し、各省、市、の教育庁もそれに応じた体育科を設置した。また体育教育の教学研究室もできた。1979年5月に揚州で「全国の学校体育,衛生の経験を交流する会儀」が開かれた。この会議は中国の学校体育が科学的な管理の段階に入ったことを示している。10月に、教育部と国家体育運動委員会は共同で「高等学校の体育教育の臨時試行規定」(試行草案)と「小中学校体育の臨時規定」を(試行草案)発布した。1990年3月12日に国務院が「学校体育の工作条例」を公布するにあたって、中国の学校体育が法制化の軌道に入ったことを示している。

二、中国の体育教育の概要(略)(ここでは中国の体育のカリキュラムや授業評価について評価する。)



第二項 日本における新しい学力観について



1991年の指導要録の改訂に登場した「新しい学力観」は、小学校を中心に広く学校現場に浸透し、それに見合った授業の導入が行われてきた。では、「新しい学力観」とは、どのような考え方であるのか。新しい学力観とは、従来の知識の偏重型の教育を改め、「自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力を育成するとともに、基礎的基本的な内容を重視、個性を生かす教育を充実すること」、(審議会まとめ)を分かりやすいスローガンとして集約した表現である。この「自ら学ぶ意欲」の育成をめざして、教師は教え込む指導者ではなく、児童主体の学習の「支援者」であるべきだといった認識が広がった。そして児童生徒の主体的な学習を促す体験学習などの試みが推奨されてきた。児童の学習成果の評価にしても、観点別評価、観点別評価が取り入れられ、「関心、意欲、態度」を評価することに重きが置かれるようになった。

  水越敏行は、学力を大きく分けて2つの立場があるとしている。一つは実体的な学力観であり(1)読み、書き、算、(2)要素的な知識、技能と基礎概念(3)文化的な常識の三つを強調するものである、もう一つは機能的学力観の立場で(1)見方、考え方、調べ方、学び方、まとめ方などの「能力目標としてかかげてきたもの」、(2)思考力、判断力、選択力、転移力、表現力、想像力などの「主体的で力動的な能力」(3)関心、意欲、態度、価値などの態度的なものである(安彦、1996,p21―23)。安彦は、文部省のいう「新しい学力観」とは、「機能概念」としての学力を重視する立場であり、「実態概念」としての学力は重視しないという、パラダイム転換があったと述べている(安彦、1996、P23)。

 苅谷は「『新しい学力観』よって強調されていることは、学ぼうとする『意欲』や『関心』がまず最初にあって、その次に『思考』や『判断』が働き、その結果として『知識』や『理解』が獲得されるということである。そして『意欲』や『関心』を育て方法として『活動』が重視されている」と述べている(苅谷、2002.P65)。このように「活動」が重視された授業では、教師の役割は「指導」ではなく、じっと児童の活動を見ていればいいということになる。子供の自主性を重視するあまりに、教師による指導が欠如し、子供の活動の結果がそのような「知識」や「技術」を身につけさせているのかまでには目がいかなくなる。銀林は「関心・意欲といったものは意味の理解を離れて、単独であるわけではなかろう。文部省の言うように、知識・理解と対立する形で関心・意欲を捉えようとすると、へたをすると、知識・理解を欠いた意欲、つまり、『やる気』だけが一人歩きする(頑張りズム)になりかねない」と批判している(銀林、1994、p31~34)。

新学力観=機能的な学力を付けることによって、子供の生きる力はつくのであろうか。安彦は、「実体」となる「知識」「技能」「価値」などの文化内容と、「機能」となる「理解力」「思考力」、「判断」「実践力」などとは、両者不可分なものであって、別々に考えることはできない。「実体」と「機能」とは不可分の関係にあるものであり、片方だけに一元化することはできず、両者の関係付けにこそ注目し、焦点を当てる必要があると述べている(安彦、1996、p27)。つまり、機能的な学力のみを重視し、実体的な学力を無視することは、たとえどんなにアイデア豊かで独創性に富んでいても、実現可能な、他を説得できる、明確な効果を上げる機能的学力とはならない。現在の学校では、子供の意欲、関心を大切にした機能的学力を重視するか、知識教えることを大切にした実体的学力を重視するかのどちらか一方の立場で授業を行っているように感じる。



第三項 子供中心主義の教育を問い直す

   新指導要領の骨格を決めた1998年の教育課程審議会答申には、「学校は子供達にとってのびのびと過ごせる楽しい場でなければならない。子供達自分の興味・関心のあることにじっくり取り組めるゆとりがなければならない」という表現がある。こうした教育を実現するための目玉として「総合的な学習の時間」が2002年から導入された。この総合的な学習としてめざされているのは、まさしく、子供を主人公にした教育である。そこでは、体験学習、調べ学習といった学習スタイルが強調されるように、子供の活動が学習の中心にあり、教師は支援者としての役割に徹することが求められている。苅谷はこのような学習を展開することで、問題解決能力や自ら学ぼうとする意欲が生まれる教育が、子供中心主義教育と呼ばれるものであるとしている(苅谷、2002、143)。

宮澤は子供中心主義の教育の歴史的に位置づけるにあたり、教師―子供という二項対立図式ではなく、教師―知識(教えるべき内容)-子供という三項間の関係として捉えることを提唱している。子供と教師ないし知識との間に対立があるばかりでなく、教師と知識との間にも対立があると見るのである。「三者の関係を図式的に捉えると(1)伝統的アプローチ(2)プロセス的アプローチ(3)オープン・アプローチのみつに分類できるとする。伝統的なアプローチとは、教えるべき内容(知識)があらかじめ決められていて、それを教師が子供に伝えるというもの。プロセス的アプローチは、教師が知識と生徒の間橋渡し役となり、生徒が能動的に知識に向かうように誘う。これらに対し、オープン・アプローチでは、生徒一人ひとりの興味、関心に応じた自由な学習を展開することにより、教師と生徒がともに学んでいく。生徒自ら何が必要な知識かを選び、自らその知識を探し出していく。そこにおいて教師は『援助者』としての役割に徹することが求められると言うものである。この三番目のオープン、アプローチが子ども中心主義の教育を体現するものである」(苅谷、2002、P149~150)。

  果たして本当にこれからの時代、子供中心主義の教育でいいのだろうか。宮澤は、「子ども中心主義の教育は、人類が蓄積した知識や方法論を軽視しがちになり、子供と教師との関係の中で、知識という第三項を後景へと追いやってしまう」と非難している。つまり、子どもが活動すること自体が学習内容になり、そこで、子どもが何を学び、どんな知識を得たのかは問題ではない。子どもたち一人ひとり違った知識を得ることになる。また、苅谷は、「学校で教えられる知識は、もともとは『流行』の知識やニュースではなく、新しい知識を理解する上で基盤となるような知識であり、現代社会の問題を考えるための基本的な知識である。情報量が多くなれば、どの情報が正しいのか、問題解決にとって意味があるのかを判断するためには、基本的な知識であり、調べる方法さえ身につけば、誰でも問題発見、問題解決ができるものではない」(苅谷、2002、161~162)とのべと述べている。



第二節「自己教育力」についての理論的背景

第一項 「生きる力」とは

1996年7月、中央教育審議会は、その第一次答申「21世紀を展望したわが国の教育のあり方について」の中で次のように提言した。

(1) これからの変化の激しい社会において必要とされるのは、単なる知識の獲得だけではなく、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり、また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性である。

(2) たくましく生きるための健康や体力は不可欠であり、こうした資質や能力を「生きる力」と称することとし、これをバランスよくはぐくんでいくことが重要である。

 また、これからの学校教育の目指す方向として、6項目にわたって記述されているものの中で、「生きる力」に関わる記述には次のようなものがある。

l 「生きる力」の育成を基本とし、知識を一方的に教え込むことになりがちであった教育から、子供たちが自ら学び、自ら考える教育への転換を目指す。そして、知、徳、体のバランスのとれた教育を展開し、豊かな人間性とたくましい体を育んでいく。

l 生涯学習社会を見据えつつ、学校ですべての教育を完結するという考え方を採らずに、自ら学び、自ら考える力などの「生きる力」という生涯学習の基礎的な資質の育成を重視する。 

l 「ゆとり」のある教育環境で「ゆとり」のある教育活動を展開する。そして、子供たち一人一人が大切にされ、教員や仲間と楽しく学びあい活動する中で存在感や自己実現の喜びを実感しつつ、「生きる力」を身につけていく。

  このように中央教育審議会答申で盛んに強調された「生きる力」であるが、これと同様の趣旨で強調してきた用語に「自己教育力」がある。その「自己教育力」という概念が提示された背景と、その内容についてふれてみることにする。

第二項 「自己教育力」とは

「自己教育力」という概念は、昭和58年中央教育審議・教育内容等小委員会の審議経過報告(1983)において打ち出されたものである。この報告では、時代の変化と学校教育のあり方について検討を加えながら、今後、特に重視しなければならない視点として、(1)自己教育力の育成(2)基礎・基本の徹底、(3)個性と創造性の伸長、(4)文化と伝統の尊重の4項目をあげている。

  この「自己教育力」と概念は、「自己学習」「自己形成」「自己啓発」「自己陶冶」などの概念を統合したものであり、「個性と創造性の伸長」「基礎・基本の徹底」「文化と伝統の尊重」の三つの視点をも統合する概念でもある。

  また審議経過報告では、この自己教育力という概念の具体的な意味内容として、次の3点が含まれている。

(1) 学習意欲と意識の形成

(2) 学習のしかたの習得

(3) 生き方の探求

 梶田(1989)は、自己教育を行っていく上で必要な要素として、(1)成長・発達への志向、(2)自己の対象化と統制、(3)学習の技能と基盤、(4)自信・プライド・安定性の四点を指摘している。



第三項 「生きる力」と「自己教育力」

 「生きる力」とは、昭和58年の中央教育審議会・教育内容等小委員会で強調された「自己教育力」の考え方が基本になっている。したがって、今回の指導要領において「自己教育力」という用語は使用されていないものの、そこで主張された「学習意欲と意識の形成」「学習のしかたの習得」「生き方の探求」と言った考え方は、「生きる力」の内容として提示された各項目と密接に関連しているといえよう。





第二章  日本の体育科教育の現代的な理論背景

第一節  日本の学校体育の理論のまとめ

第一項 日本の体育の基本的な考え方

戦後わが国の学習指導要領を中心とした体育の考え方についてみると、戦前の体操中心の「身体の体育」からスポーツの中心の「運動による教育」へと変化した・昭和20年代には、子供の運動生活との関連と大切にしようとした「生活体育」が標榜されたが、30年代になると、スポーツ文化の体系性を重視した「文化主義の体育」が主張されるようになった。続いて40年代になると、国民の体力低下問題に関連して「体力づくりの体育」が支持されるようになった。このように、体育の基本的な考え方や重点的な目標は、それぞれの時代の要求に対応して変化してきた。 

  クルムは、体育では「運動に関わる問題を解決する学習」行われるが、その中心的な学習領域は「運動技術の学習」と「運動の社会的行動」の二つである、と指摘している。運動技術の問題に関する学習には、個人的な運動技術を加えて戦術(tactical movement

skill )の学習が含まれる。社会的行動(Sociomotor)の学習とは、多様な人格をもつ集団の中で、また敵、味方に分かれて行われるスポーツの中で生じる人間関係の問題を解決する学習である。これらはルール、マナー、エチケットの問題や協力的な「学習のしかた」の学習である。これらの技術学習や社会的行動の学習は、「認知的・反省的学習」媒介にして行われる。

  技術学習は技術認識に基づいて合理的に進めることができるし、また、自分たちの能力レベルに見合った楽しみ方を生み出していくためにも、ルールについての反省的思考が必要になる。そして、これらの学習の結果として、楽しさや喜びを体験するような「情意的学習」がもたらされる。クルムは、この点を強調して「もし体操、プレイ、スポーツ、ダンスを好きになることを学習する必要がある」と述べている。

第二項 よい体育授業の条件

二重構造からなるよい体育授業の条件

  よい体育授業を実現するための条件は、授業の「基礎的条件」と「内容的条件」の二重の構造によって成り立っていると考えられる。授業の「周辺条件」と「中心的条件」と言い換えることもできる。

 授業の「基礎的条件」とは、授業の目標・内容・方法の考え方や形式に関係なく、すべての授業に常に要求される条件である。それは「授業のマネージメント」、「学習の規律」、「授業の雰囲気」など、体育授業を円滑に進めるための条件である。また、この基礎的条件は「楽しさ」「精一杯運動」といった情意目標に関わった子どもの授業評価と強く関係する。

  これらの基礎的条件の上に、授業の「内容的条件」が機能する。具体的には、どのような授業の目標・内容が設定されたのか、どのような教材や教具が工夫されたのか、どのような学習過程や学習形態が適用されたのか、さらに、どのような説明・演示・発問・指導言葉が計画され、適用されたのかといった教師の指導行動が問題になる。このような授業の内容的条件は、特に技能向上や知的理解といった体育の陶冶目標の現実に深く関係する。



第三項  教材作りの過程とその基本的視点

(1) 広義の教材研究における「教材作り」の位置づけ  

教材作りは教師が授業を構想する際の、「何のために、何を、何で、どのように教えるのか」といった一連の教授学的思考の中で行われる。そこには具体的に次の内容が含まれている。

(a) 授業の目的・目標の検討(子供たちいどんな能力を育てるのか)

(b) 授業で取り上げる素材としてのスポーツの分析(その運動の固有の面白さ特質は何なのか、その運動を成り立たせている要素や技術の構造はどのように理解されるのか)

(c) 学習者の主体的条件(興味・関心や発達段階)、および指導に必要な時間的・物理的な条件の考慮

(d) 学習内容選択・設定(「何を」教えるのか)

(e) 学習内容を教えるための教材の構成(「何を」教えるのか)

(f)学習内容の教授=学習過程の展開に関する検討(どのような発問・教具を準備するのか、いかなる学習形態をとるのか)

 (2)教材作りの基本的視点「よい教材」とは何か

  教材作りの基本的視点は何か。これは、作られる教材が含み持っているべき本質的性格・条件、つまり、「よい教材とはなにか」という問題である。一般に教授学分野では、教材の持つ「典型性」と「具体的」、あるいは「内容的性格」と「機能的性格といった視点から追求されてきている。これら表現は異なるが、その中心的な意味内容は次のように考えることができる。

(a)その教材が、習得されるべき学習内容を典型的に含みもっていること。

(b)その教材が子供(学習者)の主体的な諸条件に適合しており、学習意欲を喚起することができること。



今後の方向性

これまでは、先行研究をとりあげてまとめてきた。中国の学校体育現状について分析し、これからの研究で子どもの「自己教育力」を中心にして、日本の現代的な、教授方法、教材づくり、授業観察、評価などを探りながら、内モンゴルの子どもたちの現状を把握しながら、授業づくりに取り込んで、実際の授業を通して検証していきたいと考えている。

・ 引用、参考文献

・ 苅谷 剛彦 (2002)「教育改革の幻想」ちくま親書

・ 安彦 忠彦(1996)「新学力観と基礎学力」明治図書

・ 市村操一・阪田昌明  賀川昌明・松田泰定「体育授業の心理学」大修館書店

・ 高橋健夫「体育の授業を創る」大修館書店

・李祥 「中国学校体育学」中国高等教育出版社



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2005,11,13, Sunday
11月13日(日)チンギスハンにて「羊の会」


楽しかったです。またやりましょう!

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